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釧路の旅にて。

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釧路へ着いてまず訪れたのは和商市場だ。もう20年くらい前だろうか社員旅行で来て昼を食べたところだ。市場で売られている好みのおかずを買ってご飯に載せて食べる勝手丼が名物だ。前来た時はイクラと刺身の盛り合わせを食べた。タコの卵が美味しいと教えられたがすでに完売していた。
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そんな思い出がある場所だが、今日は和商市の日で駐車場が無料である。市場にはアジアからの観光客と、地元のお客が買い物を楽しんでいるが、昔ほど賑わってはいない。市場が終わりの30分前に行ったのですでに閉店する店もあり静けさを迎えていた。
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次に見たのは釧路湿原の夕日だ。目の前には広大な湿原が広がっており、空気がとてもクリアで冷ややかだ。なんの生活音もここには無い。実に静かである。夕日が音もなく沈んでいくのであるが、その様が一切の音が無いことで不思議と頭の中でシンフォニーとなって聴こえるようである。
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(釧路湿原の夕日)


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ここは国鉄時代に流行った「愛の国〜幸福へ」廃止になった広尾線の愛国駅ー幸福駅に近いのだろうか?道路の標示を見て思う。愛国から幸福の硬券を僕は今でも持っている。

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夜は少し散歩しながら北海道でも5本の指に入る飲み屋街へ行く。栄町・末広町あたりがこの辺の歓楽街である。花金であるが出歩いている人はまばらだ。昨年までは18万都市であったのが1年で8万人が他の地へ流失したという。そのせいか金曜日の夜という賑わいは無い。
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数度、水商売の若い娘と叔父さんの同伴カップルを見かけたが一昨年来た時ほどは見ない。居酒屋はそこそこのお客が入っているのだがキャバクラのあたりは静かだ。そりゃあ〜8万人の若い働き手がいなくなったのだから寂れてしまうのはあたりまえだ。
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路には鮭とかカワセミのモニュメントが埋め込まれているのだが、片方の鮭は大事な鼻が欠けている。なんか今のこの街の現状を表しているようだ。
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何度か水商売と思われる女性とすれ違ったが、みな表情は暗い。一時は漁業も畜産もで賑わいを見せた夜の街なんだろうけど、その祭りを終えて静かに幕を引きかけている。彼女たちはそんな場末のプリマドンナだ。悲しい定めのプリマドンナだ。カーテンコールを踊ることも儚い希望だ。

(以下しばらく一昨年の画像)
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一昨年の11月にこの地を訪れた時の写真だ。同じ花金の夜だったのだがそこそのの人が今日と同時刻に徘徊していた。今は静かだ。
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クラブの女性だろうか店を撮ろうとLeicaを構えると丁度飛び出してきた。出会い頭のスナップショットは木村伊兵衛も僕も得意としているスナップ撮影技法だ。
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同伴のお客と歩く女性。一昨年はこういうカップルをいっぱい見かけたものだ。居酒屋にも同伴の客が食事していたが…今年はほんと少なかった。不景気なんだろうね。閉めているキャバクラも多い。
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店前で客引きする女性。(以上4カットは一昨年撮影したもの。)

今年はこんな光景を多く見ることも無く、街中にシャッターをしめている店も多く、衰微の闇が広がっているのを見る。ここも甲府や宇都宮と同様に地方都市の終焉を感じて寂しい。若者が騒いでいそうな店ですら、まるで釧路湿原で感じたようなサイレントな夜だ。人だけでなく車の通りも少ない。
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金曜の夜の街に恋と言う名のBGMも、失恋のバラードの一つも流れていないのだ。あまりに静けさが濃く深く、まるで釧路湿原の先にある摩周湖のようだ。歓楽街が衰微していく代わりにこの街の離れにはイオンが出来て活気があるという。駅から遠く離れたところに巨大モールが出来ると、それまでの生活感ある駅前周辺や歓楽街は死んでいくのであろう。幾度となくルート上にゴーストタウンを創ったアメリカ的である。
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歓楽街の先には運河が流れているが、その漆黒のうねりは心を引き込むかのようで深く暗くもの悲しいものだ。僕自身もこの街の寂しさに感化されて、いつしか孤独を感じ、運河に引き込まれそうなのでホテルにトボトボと引き返す。
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翌朝土曜日の朝だというのに釧路駅前は静かだ。いつもは人が居るバスターミナルにも人影は少ない。ここでしか見たことが無いゼブラが虚しく横断者を待っている。車の通りも少なく、こんな大きなスクランブル交差点は何のためか不思議に思う。
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北海道へ来ると違和感を感じるのが空だ。東京では感じる事がない引力のようなものを感じる。空は限りなく宙と書いたほうがいいほど広く、雲は手が届きそうなくらい低く、そして早く流れて行く。高い建物がないせいで、すごく遠くまで空が広がっているのが見える。そこを無数の雲が流れていく。宇宙を感じるようだ。
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空もまた静かで、流れて行く雲を見ているとサイレント映画のシーンのようだ。スローモーションのように雲は流れているが、その下で僕は一瞬のボイジャー(旅人)だ。長く留まることは無い。今回も一仕事終えればこの雲の様に流れて消える。この地にとってはひと時のエトランゼだ。そんなことを考えながら帰路につく。
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飛行機の待ち時間に空港の定食屋で時間を潰す。まだ広い空も望める陽当たりの良い席で、この旅で初めて出会った恋心に時めきながら大好きなビアを飲む。北海道の女性が愛おしいと感じるのは、この数百年の歴史の中でまるで雲のように流れ流れて混血してきたことで美を形成していること。何か過去にあってか少し陰りあること。そして質素で口数少なく、笑顔が苦手な仕草だ。なんだか守ってあげたいと感じるのだが、多分僕が思うほど弱い女性はいない。そんなではこの広い荒野で生きてはいけない。何度も涙を流して、歯を食いしばって、この荒野を歩いて来たのだろう。そんな生活感がしみでている。でも、見ていて愛おしい。
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3杯のビアを静かに、そして心を込めて、時間をたっぷりかけて飲む。エトランゼが芽生えた恋心もビアの泡と一緒に消えゆき、この小さな旅は終わる。この前太陽系を離脱した壮大な宇宙探査のボイジャーとは違い僕のボイジャーは短く儚い。
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旅に出ると、いろんなものや景色に出会う。写真はその一部を一瞬切り撮るだけなんだけど、その一枚一枚からは多くの思いや、ドラマや、時には壮大なシンフォニーが聴くことが出来るのです。小さい旅でもカメラは大事なお供です。CYOさんもいい写真撮れたかな?
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そんな今日、新宿のマップカメラへ寄りNikonのデジ一用のレンズを中古で買う。10月の出張と11月の撮影で使用するためだ。18-300mmは重すぎるのでVRの16mm-85mmを買う。旅にも向いて軽くて手頃なレンズだ。作品の描写をするにはイマイチでしょうが、仕事のスナップには丁度良い。画角も35mm換算で24mm-127.5mmというスナップ向きなんでね。開放値が暗いのと寄れないのが難だけど、ズームレンズには酷だしデジならこれで十分だろう。これからスナップ撮影をする仕事が増えてくるしね。10月の富山出張、台湾出張、11月の群馬でのスナップでの撮影で使用するつもりだ。そんな10月最初の日は都民の日でした。
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by dancyouteinitijyo | 2013-10-01 08:51 | | Comments(0)


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